アジア放浪コラム 

ここでは私が旅をしながら感じてきたアジアを、コラム形式で綴っています。

【長距離バスいろいろ・・の巻】

アジアで長旅をしていると、とても便利なのが長距離バス。
1泊あるいは2泊分の宿代を浮かせられる上に、寝ている間に目的地に着く便利さが受けて
 
「時間はたっぷりあるけど、お金はあんまり無いし〜」
 
という人なら必ずと言っていいほどお世話になる、長期旅行者(貧乏旅行者?)の強い味方です。
 
国にもよりますが、運賃は電車や汽車の半額以下、飛行機の10分の1以下。
 
とっても安いのが魅力ですが、飛行機では1時間足らずの距離を、わざわざ8時間(しかも車中泊)もかけて
「飛行機代が浮いたー!宿代も浮いたー!」なんて無邪気に喜んでいるのですから、よほどヒマ人なんですね。貧乏人なんですね。
(あ、私もですね)
 
料金体制はバス会社にもよりますが、ファンつきバス(扇風機のみで、エアコンなし)・エアコンつき・豪華バス(エアコンつき、シートはゆったりめで、軽食や飲み物がついていることも♪)などとクラス分けがされ、豪華になればなるほど、快適になればなるほど、金額が上がっていきます。
 
最近ではバス会社同士のサービス競争が激しいようで、普通のエアコンバスにテレビがついていることを売りにしているところや、
(でも放送はもちろん現地語なので、じぇんじぇん分かりません(T_T) )
あるバスは車内の内装に凝っていて、車内照明がシャンデリアのようなキンキラ豪華版、ド派手な赤と金のカーテンでゴージャス感をアピールしたり、シートのところに金文字の「歓迎光臨」なるウェルカムカードが用意されていたり。(^^;
 
実用的かどうかはともかく、「こーんなにサービスをアピールしちゃってるもんねー。どう?どう?」という感じが押し付けがましいほど伝わってきて、それはそれで中々楽しめます。
(どうせなら、ド派手なカードより、あめ玉やナッツ類なんかをくれたらうれしいのに・・と思うのは私だけ?)
 
それに対し、現地の行商人が使うような「価格本位」の庶民バスは、埃臭さや暑苦しさが伴うものの、価格はそれに見合うほどの(?)
超・目玉プライス!(笑)

「財布を盗まれて、あと1000円足らずで日本に帰らないといけないんですぅ〜(泣)」という切実な人や
「庶民バスに乗ることが、長年の夢でした!(壊)」という人ではない限り、一般的にはオススメできません。
 
(ま、これはあくまで私個人の意見で、世の中には「庶民バスじゃないと、アジアに来た気がしないんですー」という人もいたりするわけで、
言ってみればその人の価値観によりけり、でしょうね。)
 
実は私もその価格と好奇心で、何度か乗ったことがあります。
感想としては「経験として楽しいけど、もう乗ることはないでしょう」という感じです。(苦笑)
 
シートのスプリングの悪さに加え、悪路(砂利道や未舗装のところも結構多いです)であまり眠れないし、
シートのスペースが小さいため、荷物を自分の足元におかなければならず窮屈。
さらにシートのリクライニングが壊れていたため、「眠りたいのに自分は直角、前の人が無理矢理リクライニングを倒してくる」の状態で、
前のオバちゃんの「つむじ」を見ながら眠れない一晩を過ごしたのです。(←ほぼ車酔い状態)
 
その代わり、現地の方々との交流ができるのも庶民バスならでは。

隣り合わせた若者に現地語を教わり、そのお礼に日本語を教えてあげたり。
また、お互いに果物やお菓子を分け合ったり、となかなか楽しく過ごす事もあります。
 
「超・ド派手なキンキラバスで、安くゴージャスに旅をするか」、
「価格本位のバスで庶民の生活を垣間見ながら、壊れたリクライニングシートと戦いながら旅をするか」
 
もちろん、チョイスはあなた次第♪
今まで見えなかった、アジアの魅力を発見できるかも? ・・・・なーんて。(笑)
 
機会があったら、ぜひバス旅にも挑戦して見てくださいね。(^-^)
 

 

【けんかをやめて〜♪ in ベトナム】

私が初めてのベトナムで、シクロマンと大喧嘩したお話は、以前のコラムのとおり。
実はその話には後日談があったのです。

2度目にベトナムを訪れたのは、「商品の買い付け」が目的。バリバリの仕事モードで訪れたベトナムでした。

前回のベトナムで、シクロにはつくづく懲りたので、当然のように「今回は絶対にシクロには乗らない・・!」と固く決心をしていました。

しかし、市場からホテルまでの帰り道。
距離にして歩いて5分もかからない道のりでしたが、その時は両手いっぱいの荷物を抱えて炎天下の中を歩いていたためふと「シクロで帰ろうかな・・」と思ったのが運のツキでした。

「前回の失敗は、最初の交渉の時のツメが甘かったんだよなぁ。あの時は決まった金額で、きちんと念を押さなかったために
あとからヒドい目にあったんだった。今回はきちんと交渉するから大丈夫!もう2回目だもんね〜!」
・・とその時はなぜか、余裕で思ってしまったのです。

そんな私を察したのかその時、一台のシクロマンが、「2000ドンでどう?」と私の隣に止まったのです。

2000ドンなら、日本円でおよそ16円程度。
最初の言い値としても、全然悪くないし・・と思いつつも前回の教訓があったので、
「本当?2000ドンでいいのね?ドルじゃないでしょ?じゃ、2000ドンってこのメモに書いて!」と
シクロマンにメモを手渡し、証拠となるように数字を書いてもらったのです。

「一応、乗る前に行っておくけど。前に乗ったシクロではきちんと値段交渉をしておいたにも関わらず、降りる時になって言い値が変わったの。そういうのは絶対にナシね!2000ドン以外は絶対に払わないから。OK?」

そう私が言うと、シクロマンも
「OK!ノープロブレム。2000ドンで大丈夫さ」
と誠実な(・・に見える)笑み。

乗ろうとしてまた思いつき、
「念のため。2000ドンは、キロ換算じゃないでしょ?ここからホテルまでの金額でOKね?」と聞くと
「アナタは疑い深いね〜。ここからホテルまで、2000ドンでOK!それ以下でもそれ以上でもないよ」という返事が。

その答えを聞いて、納得してシクロへ。

サイゴン川からそよぐ、爽やかな風を頬に受けながら午後のサイゴンの街並みや、街路樹からこぼれる木漏れ日に見とれる
ゼイタクなひととき。シクロマンは口数は少なく、ゆっくりとした速さで進むシクロ。

すっかり調子にのった私は、馬車に乗った「姫」になった気分で「こうしてみると、シクロもいいかもしれない・・」と優雅なひとときを楽しんでいたのです。

そして、「その角を曲がるとホテルに到着」というところまで行ったとき。
「さあ、着いたよ」というシクロマンの声で我に返った私。
シクロを停めた場所は、ホテルから数メートル離れたところ、しかも街路樹の陰。
「これはヤバいぞ!!」と一瞬にして悟ったのです。

ホテルの正面ではなく、ホテルの手前で降ろされるというのは往々にして、ぼられる時・騙される時と決まっているもの。
いわばトラブルの最中に、ホテルマンに追い払われるのを避けるための、シクロマンの知恵みたいなものです。

「ちょっとぉ・・正面玄関まで行ってくれる?」と私が言うか言わないかのうちに「20ドル!!」と言い切るシクロマン。
へっ?20ドル?!なんで?!

前回の教訓により、こんなところで見世物にはるのはイヤなので、冷静に「では。これでよろしく」と2000ドンを手渡し、サッサとその場を立ち去ろうとしたところ。
予想通り「こんなのはいらない!俺が欲しいのは20ドルだ!」とシクロマン。

その言葉にカチンときた私は
「ヘイ、ユー!はこっちのセリフでしょっ!2000ドンでいいって言ってたのに。そーゆーこと言うなら払わん。お金返して!」
と、2000ドンをシクロマンから取り返したのです。

前回のように路地裏に連れ込まれても困るので、そのままホテルに入ろうとしたところ
私に向かってシクロマンは「キル・ユー!キル・ユー!!」と連発しはじめ、その罵声を聞きつけてホテルマンがやって来てくれたのです。

私は早速、そのホテルマンに事情を話すと
ホテルマンいわく、「お客様はこのシクロマンにお金を払う必要はありません。あとは私が対応しますので、どうぞお部屋にお戻り下さいませ」と、なんと紳士的な対応。
・・・私って、やっぱり「姫」って感じー♪(←カンチガイ)

それではワタクシは、ホテルのロビーから見守っていることにしましょう・・と
ノン気にガラス張りのロビーから、事の様子を伺うことにしたのです。

するとその次の瞬間、信じられない光景が!!
怒り心頭に達したシクロマンが、シクロのシート部分・下側からキラリと光る何かを取り出したのです。
ひと回しした、その光るものは何と「ヌンチャク」ではありませんか!!
おー!なんかすごい展開になってきたぞー♪と喜んでいる場合ではない雰囲気。

シクロマンは、「俺はシクロマンになる前、ベトナム戦争で何十人もの人を殺してきてるんだ!」と怒鳴り、ホテルマンをにらみつけています。
・・・どうする?!ホテルマン!!

するとホテルマンはシクロマンを睨み返し、そのままジリジリと後ずさり。
そしてホテルの建物の隙間まで移動すると、後ろ手で何かを掴み出したのです。
よく見ると、それはこん棒!!

そのまま微動だにせず、にらみ合いを続ける二人。
そんな二人を見つめる私の気分はまさに「けんかをやめて〜♪ ふたりをとめて〜♪」の状態。
私の頭の中は「ワタシぃのぉ〜 ためぇにぃぃ あらそーわないぃで〜♪」の
フレーズがぐーるぐる。(ちなみに、河合奈保子バージョン。なんでかねぇ〜?)

「ワタシのために、二人の男性が争おうとしている!「姫」として、止めなければ!!」
・・という勝手な使命感(←思い込み)に燃えたわけではなく、これは本気モードで止めなければ!と悟り、
さすがの私も「やめてー!!」と飛び出すしかありませんでした。

「お金は払います。えーと・・だからけんかはやめましょうよ、ね?!」
私のその一言に、ホテルマンはすまなそうに頭を下げ、
シクロマンは「ハウマッチ・ユー・ペイ?」と勝ち誇った顔でニヒルに笑うだけ。

私    :「最初の言い値の2000ドンでどうでしょう?」
シクロマン:「ノー!大まけにまけて10ドルっ!」
私    :「いやいやぁ・・。では3000ドン(24円)ってことで・・」
シクロマン:「オーゥ・・5ドルでどうだい・・?」

・・・以下、繰り返し。

結局、適当なところで折り合いをつけてコトはすんだのですが、
何よりもうれしかったのが、ホテルマンの優しさ。

こん棒まで出してきて、私を助けてくれようとした彼に謝り、またきちんとお礼をしたかったのですが、

「お客様のトラブルを助けてあげられなかったのは、私の責任ですから気を使わないで下さい。それよりも、大丈夫だったでしょうか?」

と、優しい言葉まで・・。な、泣けるじゃありませんか!!
ただでさえカンチガイしている私は、ホテル滞在中はまさに「姫」気分。
さらに私は「シクロマンにヌンチャクを持ち出させた女」としてホテルスタッフの間では有名になり、様々なホテルスタッフが

「大丈夫だったかい?」
「今度ヤツが来たら、僕が守ってあげるから。遠慮しないで呼んで下さいね」

・・とまぁ、私の勝手な思い込みを助長させるようなことを言って下さり、それはそれは楽しくホテルに滞在できたのでした。(実はただの見世物になってただけだったりしてね)

というわけで、シクロマンが武器を持っていることを知った2度目のベトナム。
3度目はもう、シクロには乗らないと心に誓っております。キッパリ。

「2度あることは、3度ある」にならなければいいのですが、「ネタ的には3度目があった方が面白かったりするのかも・・」
と、チョッピリ淡い期待を抱く今日この頃なのでした。
(^^ゞ


【 やじ馬好きのベトナム人 】

アジアを旅していると、「なぜこんなに人のことを見るのか?」と思わずにはいられないほどアジア人は人のことを観察し、何かあるたびにわさわさと集まってくることに驚きます。

 

私が初めてベトナムを旅した時のこと。

「慣れない旅行者は乗るべきではない」と言われるシクロ(自転車タクシー)に乗り、降りる段階になって「100ドル払え!」と言われるという、初歩的な手段にハマった時のこと。

私の方も「絶対払うもんかーー!!!」とシクロマンと大喧嘩になったのです。

 

「こっちに来い!」と首根っこをつかまれ、連れて行かれたのが裏道のシクロマンの溜まり場。(>_<)

 

シクロマン:「どうしても払わないというのか?」

私    :「絶対に払わない!」

 

と、言い争っているうちに 他のシクロマンが私たちの周りを取り囲むように集まってきたのです。

 

ちなみに、私とシクロマンの会話は、お互いたどたどしい英語。

私とシクロマンの喧嘩を見ていた見物人の何人かが、なにやら私たちに向かってベトナム語で叫び出したのです。

 

するとそれを見ていた別のシクロマン(以下、シクロマンB)が

野次をとばした見物人に何かを言い聞かせ、私と喧嘩中のシクロマンの間に立つではありませんか!

 

何をするのかと思いきや、

「君たちの会話が分からない、と見物人から苦情が出たので今から君たちの会話をベトナム語に訳させてもらうよ」と私に言い、

喧嘩している私たちの会話を、いちいちベトナム語に訳し出したのです。

 

私    :「最初に言った金額しか、絶対に払わないっ!!」

シクロマン:「そんな金額じゃ、俺は家族を養えない!!」

 

そして「シクロマンB」はそれをベトナム語で、見物人に説明。

見物人はそれを真剣に聞き、私たちの会話からワンテンポ遅れて「おおーっ!!」という野次と感嘆。

 

その野次を聞いて喧嘩相手のシクロマンはさらにエキサイトし、相手する私もそれを見て、さらに意地となり、それを見た見物人はさらに興奮し、さらなる野次を飛ばす・・・。(※)

 

(※)以下、繰り返し。

 

気づくと、最初は数人の見物人だったのが、取り巻きが二重にも三重にもなっていたのです。

 

そしてアジアでは、人が集まるところに必ずやってくるのが果物やアイスクリームなどの物売り。

取り巻きの人たちに、物売りはアイスを売り出す始末。

気づくと見物人は、楽しそうにアイスを食べながら、私たちの喧嘩を見物している。

 

その上アイスの売れ行きは良かったらしく、アイス売りは超ご機嫌!

調子に乗ってアイス売りは、喧嘩途中の私にも「アイスはどう?4000ドンで。」などと声をかけて来たのです。

む、む、むかむかぁ〜〜!!(怒)

 

さらに、頭に来るのが通訳の「シクロマンB」!

「あそこの青いシャツのヤツが“君はもっと金額を払うべきだ”と言ってる」と、言わなくてもいいようなことまで、口を挟んでくる始末。

 

そして私も、見ないでおけばいいのに“青いシャツのヤツ”を見てしまう。

すると、その“青いシャツのヤツ”とやらはアイスをベロベロなめながら、私たちの喧嘩を楽しそうに見学中。

さらに、私が睨んだのに気がつくと、うれしそうに手を振り返して見ている・・・!!(怒!!)

 

その後どうなったかというと。結局、私もシクロマンもお互い妥協しようと言う事で、まるでセリのように値段交渉が始まったのです。

 

気がつくと、見物人も混ざり

「100ドル!」

「いや、80ドルだろう。」

「いいや、俺なら50ドルでいいけどな。」

 

何故か私の電卓を取り上げ、私に値段を提示する見物人。さらに「紙とペンを貸してくれ!」と言い出すヤツまで・・!

ここまで来ると、もう何が何だか、分からない状態。

事の起こりと怒りを忘れ、呆気にとられる私なのでした。

 

で、結局。いくら払ったかというと?

 

それはあえて言わないでおきますが、少なくとも100ドル払うというバカなことはしませんでした、とだけ言っておきましょう。

 

というのも、意外にもシクロマンBが仲裁に入ってくれ、「君の提示する金額を、この紙に書いてくれ」と私の書いた金額で、喧嘩相手のシクロマンに説得してくれたのでした。

 

これで、一件落着〜〜♪  (^0^)  (あまり納得していないけどね)

 

その後は無事、宿に戻りほっと一息。

「あの“シクロマンB”も、結構いいとこあったじゃん」なんて、思いながらふと気がつくと。

 

「あー、ないっ!私の三色ボールペンっ!!!」

 

そうです。

あの「この紙に書いてくれ」の時に手渡したボールペンはそのまま彼の手に渡り、永遠に彼のものとなってしまったのです。

 

・・・あれはわざとだったのか、それともそうではなかったのか。(謎、謎・・。)

 

今でも三色ボールペンを見かけると

あのベトナムの喧騒と共に、シクロマンとの壮絶な(?)戦いを思い出して、胸を熱くする私なのでした。


【 インドネシアのバイキング料理 】

アジアのB級グルメと言えば「屋台」。

インドネシアでは、「アジア式バイキング」とも言うべき、パダン料理のスタイルが存在します。

 

初めてパダン料理に挑戦したのは、インドネシア・スマトラ島を旅した時のこと。

インドネシア人の友達何人かとバイクでツーリングをした時に「今日はちょっと違う形式でのランチにしよう」ということになり、

彼ら行きつけのお店に行く事になりました。

 

「パダン料理のスタイルは、ここに全ての料理が並べられるんだ。もちろん、料理は好きなだけ食べてもいいんだよ。そして食べた分だけの料金を支払うシステムなんだ。インドネシア式のバイキングって感じだろ?」

との説明を友達から受け、わくわくしながら店内を見回すと。

店頭のガラスケースの中には、洗面器のようなプラスチックの容器が並んでいます。

 

そしてその洗面器(・・に見えた)の中には揚げた魚やチキンや 野菜の炒め料理が。

むむむ??

と思っていると、お店のおばちゃんはその洗面器の中から料理を取り出し、大皿に盛り付けていきます。

そしてその大皿を私たちの目の前にドンドン並べて「マカン、マカン!!」(食べなさい、食べなさいの意味)と、すすめてくれます。

どうやらこのバイキングは、私たちが料理を取りに行くのではなく、お店の人が取ってきてくれた料理の中から食べたい分だけ取って食べる、という形式らしいことに気がつきました。

 

システムが分かれば、あとは楽しく食べるだけ。

大皿を囲んで和気あいあいとランチを楽しみました。

頭から食べれそうなくらい、カラっと揚がったピリ辛の揚げ魚、なぜか蟻(アリ!!)まみれになっている、煮込んだゆで卵。見たことのない野菜が浮かんだ、ココナツミルクとカレーの煮物・・などなど。

 

見た目はかなりのヘビー級ですが、味は激ウマ!!「おいしい料理に皆で舌鼓をうちました」なんて上品なものではなく、みんなでモリモリ・ガツガツと平らげました。

 

さて、おいしい料理をたらふく食べたあとに残ったのは満足感と、大皿に残った煮汁と野菜の切れっ端。

会計をすませて店を出ようと店頭まで出ると、お店のおばちゃんは 私たちが食べ終わったあとの大皿を持って店頭のガラスケースまで来て立ち止まり、その残った煮汁と野菜のくずを なんと料理の入っていた洗面器の中に戻すではありませんか!

ひえーっ!! (×_×)

見てはいけないものを見てしまった一瞬。

あ然としている私に、友達が「どうしたの?」と声を掛けてくれました。

 

「今、食べ残しを料理皿に戻してたんだけど」という私に「それがどうかしたの?」と友人は気にしない様子。

「まずかったり腐ってたら問題だけど、おいしく食べられたんだから問題ないさ。そうだろ?」

 

・・・そー言われてみればその通りです。

秩序と無秩序が混在しているアジアでは、ごくごく普通のこと。誰かの食べ残しが混ざった料理は、ひそかな隠し味となって

「アジアの美味」として語り継がれていくのかもしれません。

 

その証拠に遠く離れた空の下、あの時の料理の美味しさを思い出して「アジアに帰りたいよ〜ん」と思う私なのでありました。

ひょっとしたらあの時の隠し味が、私の細胞をアジア化させたのかもしれませんね?!


【アジアの合言葉】

 

アジアをうろついていると、よく現地の人に「アジノモト〜!」と声をかけられることが多々あります。

最初は「何?味の素が何かしたの??」とビビリますが、これはアジア流の日本人への挨拶だったりします。
 

アジア人が日本人を見た時、フレンドリーな彼らは自分の知っている日本語で声をかけたいと考えます。

もちろん、「コンニチハ!」と声をかけてくる人もいますが、中には日本語を全く知らない人もいます。

そんな彼らがそれでも声をかけたいと思ったとき、とっさに知っている日本の単語のひとつとして「アジノモト!!」となるようです。(・・・と予測してみた)
 

そしてなぜ、味の素なのか。それはアジアとは切っても切れない屋台に深い関係があります。

アジアの屋台で食べた経験がある人は分かると思うのですが、アジア飯(略してアジ飯)は日本人の味覚にぴったりマッチするのです。
 

それもそのはず、屋台メニューの「必須調味料」として、味の素」が愛用(・・・というか乱用に近い)されているからなのです。

アジアの人たちにとって、「味の素」は最も身近な日本の企業のひとつ。

そのため、日本語を知らない子供ですら「アジノモト」という単語は知っているわけなんですね。
 

ということで、日本人を見るととっさに「アジノモトー!!」と叫んでしまいたくなるようです。
 

インドネシアのスマトラ島、メダンでのこと。

町の小さな銀行で両替を済ますと、銀行員のおじさんが私に向かって突然「アリガトー!アジノモトー!」というギャグをかましてくれたではありませんか。
 

あまりのオヤジギャグ度の高さに、私も思わず大笑い。

それ以来、私はこのオヤジギャグを日本に逆輸入し(?!)、日常で「アリガトー、アジノモトー!」と使用(←乱用とも言う)しています。
 

この「アジノモトー!」の応用編として、「ホンダー!」や「ヤマハー!」があります。
 

車社会が発達していないアジアの国々では、日本のバイクが大活躍しています。

そのため味の素と同様、「ホンダ」や「ヤマハ」も同じように挨拶代わりに使われるようです。
 

さてこの合言葉ですが、言葉の意味にはいろいろな意味合いが含まれています。

 

例1:「アジノモトー!」(訳:こんにちは!)

例2:「アジノモトー!」(訳:君、日本人だろ?)

例3:「アジノモト−!」(訳:僕も味の素大好きさ!)
 

・・・もうお分かりですね?!

ひとつの「アジノモト」にはたくさんの意味がこめられているんです。

 

では、「アジノモトー!」と声をかけられたらどうするか?

「これはどんな意味の『アジノモト』の意味か?!」などと考える必要はありません。
 

「アジノモト!」と声をかけられたら「アジノモト!」と、「ホンダ−!」と声をかけられたら「ホンダ−!」と同じように返してあげるだけでいいのです。

これでコミュニケーションのつかみはバッチリです。(・・・多分?!)
 

しかし最近、この合言葉も時代と共に変わってきているようです。

先月行ったタイでは「ナカター!」という新手の合言葉が発生していたのです。
 
「世界のナカタと言われているけど、こんなところにまで知られるくらいの有名人になってしまったんだねぇ・・(遠い目)」と思わずにはいられませんでした。

しかもこのトゥクトゥク(バイクタクシー)の運転手、私に向かって「オー、君はナカタに似てるね、ベリベリナイスさ!」と言うではありませんか。
 

きっとナカタに似てる、と言われたら私が喜ぶとでも思ったのでしょう。

「君はナカタに似てるから、ベリベリチープ、ディスカウントオーケー!スペシャルプライスの300バーツでどうだい?」と満面の笑み。

その商魂のたくましさ、拍手ものです!!(本当は40バーツもしない距離)

しかし、女の私に「ナカタに似ている」と言って褒めたつもりになっているところがまたアジアのアジアらしいところ。しかも、全然似ていないのに・・。(汗)
どうせなら、「新庄のようだ!」と言って欲しかった私なのでした。うはは。(^^;


【 アジアのもち米 】

 

アジアと言えばなんと言っても「米文化」。食文化がどんなに欧米化しようとも、基本的な米の食事はアジアではまだまだ主流ですよね。
 

アジアの米と言えばインドネシアやタイで取れる「長米」が有名。
長米の粘りのないパラパラとした食感が、ナシゴレンやパエリアなどの炒めご飯にぴったりなのはよく知られています。
 

実はその長米の中にも、「うるち米」と「もち米」があるということは以外に知られていないようです。

という私自身も、それ以前は理由なく「もち米=日本の米」と何となく思い込んでいた節があったのですが・・。(^^;
 

私が初めて「長米のもち米」を食べたのはラオスでした。

ルアンパバンという町で 小さなお祝いの儀式に参加させてもらった時、「ラープ」という料理がふるまわれたのです。
 

ラープはひき肉や香辛野菜をまぜて炒めたものを蒸したもち米にくるんで食べるという料理。
ラオスやタイ北部ではお祝いの席に必ず出されるポピュラーな料理だそうです。

 
もち米はかごに山盛りに盛られていて「食べる分だけ各自ちぎって取る」というスタイルなのですが、長米のもち米は手にとってもべたつかず、それでいてモチモチ感たっぷり!

そのまま食べてもいいし、指でこねてモチ風にしてもgood!

モチの粘り・コシはあるのに、手につかないパラっとした「長米・もち米」の食感がその日からお気に入りになってしまいました。
 

そしてベトナム・ホーチミンシティで食べた「鶏の唐揚ライス・・by もち米」。(正式名称は不明・・)

安宿の並ぶファングーラオ通りから歩いて3分くらいのところにある小さな定食屋さん。

(いつ行っても地元の学生さんがいっぱいで、店の前のたくさんの自転車が目印。このお店の名前も不明なのですが、「地球の歩き方」に載っているとの話です)
 

スパイシーな鶏の唐揚がもち米ライスの上に乗っただけの簡単メニューなのですが、これがまた美味!!

このもち米がまるで新米の「こしひかり」のような粘りで、ジューシーな鶏肉とからみ合うのです。(^¬^)

もち米もこんな食べ方があったんだなーと実感すること間違いなしですよ♪
 

付け合せに大根のピクルスのようなものがついてくるのですが、これは「もち米を食べた後 胃がもたれないように」との配慮だそうです。

テーブルに無造作に置いてあるので、遠慮なくいただいてしまいましょう。
 

意外と知られていない、アジアのもち米の存在。

機会があったら是非、アジアのもち米を試してみて下さいね!!



【 バンコクの方向音痴くん 】・・・タイ

 

先月の買い付けの時、バンコクにてまたまた厄介なタクシーに遭遇しました。名づけて「方向音痴くん」!!
 
アジア各国ではタクシードライバーが道に迷ったフリをして距離(メーター)を稼ぐことはよくあることなのですが、この時に会ったタクシーくんは、本気で迷ってました。
(目がマジだった!)
 
チェンライ発バンコク着のバスで、ターミナルに着いたのが朝の6時。
寝起きのツラさと30キロを超える荷物、さすがの私もこの時だけは市バスに乗る気も起こらず、素直にタクシーを使うことにしたのです。
 
行き先はバンコクのドン・ムアン空港。
メータータクシーで約150バーツ(約450円)とのことなので、タクシープールの係員に行き先を告げ、安心してタクシーに乗り込んだのです。
 
さて、乗ったはいいがこのドライバーのお兄ちゃん、全然英語が通じない。
「エアポートだからね、大丈夫?」と念を押してもミラー越しにニコニコと笑うだけ。
とりあえず行き先は乗るときに告げてあるけど、大丈夫かなー?と思いつつちょっぴり不安になり、走っている道をとりあえずチェックすることにしたのです。
 
すると案の定、「空港行き左」の車線を見事に右に入っていったのでした。
 
「あー、ちょっとお兄さん、左ッ!今の車線、左、左!!」と叫んだ時には
タクシーはしっかりと右車線へ。気が付くと、「空港行き左」の標識はY字の左彼方へ消えてしまって行ったのでした・・。わーん。
 
「ちょっと、お兄さん!道間違ってるんだけど。ターンバック、プリーズ!」
後ろの席からジェスチャー入りで話しかけても、お兄さんは英語が分からない。
お兄さんはミラー越しに困ったように笑うだけ。
その間にもタクシーは、空港とは逆の方へと走り続けていたのでした。

「オ?オー!!」
しばらく走ったところで、彼はどうやら道を間違えたことに気づいた様子。
すると、突然タクシーは何故かバス停でストップしたのです。
 
「何故、タクシーがバス停で止まるんだよー!(笑)」と突っ込む間もなく、お兄さんはバス停で立っている人の群れの中へ。
どうやらお兄さん、正しい道を聞くためになんと一般人に聞きに行っていたのでした。

例にもれず、こういう時にはここぞとばかりに集まりたがるのがタイの方々。(^^;
道を聞くタクシードライバーに向かってあれこれと指図したがる人、ただ集まる人、そしてタクシーの中で待っている私に「オゲンキデスカ〜?」と話しかけに来る人・・・etc。
気がつくと、タクシーを囲んで小さな人だかりができていました。とほほ。
 
アジアにおいてこの手の人だかりに囲まれるのはもう慣れてしまっている私ですが、何よりも気になるのがタクシーのメーター。
あーでもない、こーでもない、とモメてる間にも着々とメーターは上がり続けるのでした。
 

しばらくすると、お兄さんが納得顔でタクシーに戻り 突然Uターンをかましたかと思うと、さっきの迷った地点まで猛スピードで戻ったのでした。
そこから先は早い、早い。
 
あっという間に空港まで・・・と思ったのもつかの間、今度は「国内線ターミナル」と「国際線ターミナル」の標識が登場。
「インターナショナルね!」と彼に告げたのですが、彼は何を思ったか、国内線ターミナルへまっしぐら。
「インターナショナル!!」
という私の声も届かず、何故か国内線ターミナルへ到着したのでした。
 
わざと間違えてるのか?と思ったのですが
彼の目には完璧に「着いて良かった〜」という安堵が映っています。
これはマジだぁ・・と思った私は迷わず窓を開け、近くにいた空港の係員を呼び寄せました。
 
「このドライバーに国際線のターミナルへ行って、と伝えて」とお願いすると、係員から説明を受けたドライバーは、またそこで国際線への行き方を
あーでもない、こーでもないと教わり、ようやく納得してから車を走らせたのです。ようやくタクシーは国際線ターミナルへ到着〜〜。
 
予定では150バーツ位で済むはずのメーターを見ると、200バーツを超えている。(当たり前だ)
あれこれ迷ったのは彼の責任だから、一応いくら程払えばいいのかと思い、念のために聞いてみると
英語を話せないはずの彼は突然、指を三本立てて
「スリー・ハンドレッド・バーツ!(300バーツ)」と言うではありませんか!!
 
なぬぃ〜?道に迷った挙句、メータータクシーのくせにボろうというのか!?
と思った私は、思わず100バーツ紙幣1枚と20バーツのみを手渡し、さっさと荷物を降ろしてその場を立ち去ったのです。

「オー?オー?」という彼の声が追いかけてきたのですが。わざとではないにしろ、遠回りさせられたんだもん、当然!
待ち時間と遠回りしている間の料金を差し引いたら、こんなものでしょう。きっと。

しかし今冷静に考えてみると、道に迷ったことが「迷ったフリ」だったのか、英語が分からないことが「分からないフリ」だったのか、
それとも道に迷ったのも英語が分からないのも本当で、ただ単に「スリー・ハンドレッド・バーツ」という単語だけを知っていたのか。
・・・今となっては謎のままです。


【 エキサイト!バンコクの市バス in タイ 】

アジアの中で喧騒を実感するのは、にぎわうマーケットだったり、嗅ぎ慣れないスパイス類の匂いだったり・・。

そしてとりわけ、公共のバスほどエキサイティングなものはない、と私は思います。(キッパリ)

例えばタイ・バンコク市内の市バス。
停留所にただ立っているだけでは、バスは決して止まってくれません。
目的のバスが来たら「乗る!」と手を上げてそのバス目指して走っていかないと、あっさりと素通りされてしまいます。わーん。
 
しかもバスは完全に止まらないので、徐行したバスのドアの手すりをつかんで駆け込み乗車しないと乗れないシステムになっているのです。
 

さらに、停留所付近にトゥクトゥク(タイの簡易タクシー)やタクシーが駐車していることもあり、停留所ぴったり寄せるのは稀!
大抵のバスは停留所の手前のところに徐行して入るか(でも決して止まらない)、ひどい場合は車線変更もせずにそのまま通り過ぎて行く場合も多々あるので、とにかく目的のバスが見えた時点で手を上げて合図、さらにバスに向かって走っていくこと。(時には「乗ります!」と叫ぶ勇気も必要)
気弱に待っているだけでは、永久にバスに乗ることはできないでしょう、と言い切れるほどの勢いです。
 

バスに乗ろうとして走っていったにも関わらず、タイミングが合わなくて置いていかれたときの気分といったら。
日本において「発車しようとしている電車に乗れず、目の前でドアが閉ざされた時に感じる気まずさ」の比ではありません。
 

日本では乗れなかった人に対して、どうこう言う人はいないので乗り過ごしてしまったら、静かに次の電車を待てばいいだけのこと。

ところが、バンコクでは「あいつ、乗り遅れてやんの!」とトゥクトゥクやタクシーのドライバーにトコトンあざ笑われるのです。
 
しかも、タクシーに乗らないか?と誘われて「私はバスに乗っていくから」と断ったあとだと、なおさら彼らは大はしゃぎ!
「だから言っただろう!」と手をたたいて喜びます。
 

実は私も、初めてのバンコクで6台ものバスに乗りそこなったことがあるのです。
 
目が悪いので、バスの行き先が近くに来るまで見えなくてダッシュが遅れ(←言い訳)、さらに足が遅いので(←正解)何度走ってもバスに乗り遅れてしまう、
そんな私を見ているうちに
最初は「タクシーに○○バーツで乗せてやるよ」とふっかけていたドライバーたちも、あまりにもバスにこだわる私に対して
「お前にはバスに乗るのは無理だ!」
「タクシーにしておけ!」と口々に説教を始める始末!
 

「乗るつもりもないタクシーの人たちに何故私はこんなに説教されなきゃいけないのだ?」という思いはいつしか「絶対バスに乗ってやる!」に変わり、次のバスを待つこと数十分。
やってきた目的のバスに向けて手を上げると同時に猛ダッシュ!!
外のドアの手すりにつかまり、「ヤッタ−マン状態」(←年がバレるな〜)でようやく7台目のバスにして乗車、成功!!(^¬^)/ バンザーイ!!
 

息を切らして乗り込んだバスの窓からバス停を振り返ると、先ほどのタクシードライバーたちが、遠く私を指差して笑ってる。
「乗れたのに、なんだかくやしい・・!」
これが私の記念すべき「バンコクバス・デビュー」でした。
 

それ以来、日本のバスの「バスが完全に停車してからお乗りください」という車内アナウンス、「駆け込み乗車は危険ですのでお止め下さい」というステッカー。
これらを目に耳にする度に、あのハードなバンコクの市バスを思い出し、つくづく「日本のバスって快適だなぁ♪」と思ってしまうのでした。
 

それともただ単に、「私の足が遅い」もしくは「ドンくさい」というだけの理由だったりして・・。 (^^;


【 ゲストハウスで夜は更ける・・の巻 】


アジア各国に旅行に行く時、私はたいてい「ゲストハウス」なるものに泊まります。
 
ゲストハウスは日本で言うところの安宿、国によってロスメン・旅社などと言い方が変わることもありますが、中身は一緒。
国にもよりますが、たいてい1泊200〜300円から1000円前後ほどで泊まれる便利でオトクなホテルです。
 

予約なしで泊まれることや、真夜中に到着した時でも快く受け入れてくれること、泊まるかどうかを決める前に部屋を見せてもらえること、連泊や複数人数の時は値段交渉ができること・・・などの理由から、普通の観光ホテルのようなサービスやアメニティ、施設を期待しなければかなり便利なゲストハウスだったりします。
 

しかし、ゲストハウスの魅力はこれだけではありません。
灯りに集まる蛾のごとく、バックパッカーがゲストハウスに集まってくるのには、もっと深い訳があります。
 
それは旅に関する情報が集まる、ということなのですが、その情報の多さと言ったら半端じゃありません。
 

「どこどこの屋台が安くておいしい」とか「ビザを取るなら、どこの旅行代理店がいいらしい」等の旅に関する正統派の情報から
「何時にどこに行くと、アオザイ姿の女子高生の下校ラッシュが見られる」とか
「シクロマン(自転車タクシー)には縄張りがある。あそこの角のヤツには気をつけろ。」とか
地元に居座っていないと分からないようなマニアックな情報までをも知ることができるのです。
 

さて、この情報はどこで手に入れるかというと、夜中のゲストハウス内のロビーや玄関先のポーチまたはテラスであることがほとんどです。
宿泊する部屋はたいてい、「くつろぐ」ということから無縁なほど殺風景で窓がなかったり、エアコンがなかったりするのは当たり前。
寝るためだけの部屋であることが多いので、くつろぎたい人は大抵、むさくるしい部屋から脱出してロビーやテラスに集まってくるのです。
 

そして、一人また一人と集まっていくうちに旅の自慢大会が始まったりします。
 
「自分はどこでどんな風にボラれたか」など軽いものから
「自分はもう何年日本に帰っていない」とか「全財産を盗まれ、ガイドのバイトをしながら生き長らえた」、

「部屋をシェアした男性が同性愛者で、誘惑された」(男性談)というものまで様々な自慢大会が始まり、エキサイトしていきます。
 
まるで合宿の夜に「好きな人を教えあいましょう!」というのにノリが似ていて、何故か異様に盛り上がったりします。
 

そんなことを夜明け近くまで語っているから、当然朝は起きれず、起きようと目が覚める頃には昼過ぎ、当然ながらアジアの昼過ぎは暑過ぎて起きられず、
ベッドの上でうだうだしているうちに結局夕方。
ロビーに降りて行くと、同じように寝起きの顔をしたみんなが集まっていて、「じゃ、飯でも食いに行くか!」と連れ立って屋台でその日最初の食事。
 
当然、夜に眠くなるわけでもなく、することもないのでまたロビーに集まり、同じように延々と・・・・。
 
要するに、皆さん ヒマなんですね。
 

これが楽しみでバックパッカーをやってるんです!という本末転倒な方もたまに見受けられますが、「せっかく旅に来てるんだから、旅をすれば?」と言えば

「これが自分の旅のスタイルだから!」という答えも返ってきたり、旅のテーマは人それぞれ。
 
こんな旅の仕方もたまにはいいかなーなんて思ったりしています。

あ、買い付けの時はこんな感じではないですよ、一応・・。(^^;


【 ここはどこ?船に乗り間違え事件  in マレーシア 】

 

 

マレーシアのペナン島からインドネシアのスマトラ島まで国際フェリーで移動しようとした時の話です。

出発の港で、乗り場を探してうろうろすること数十分。
なんとか乗り場らしき場所を見つけ「乗り場はここでいいの?」と聞くと、係員はニッコリ笑って「イエース!」の返事。
ほっとして船に乗り込んだのです・・・が、何かが変。

国際船なのにイミグレーションはないし、私のチケットはみんなのものと色も形も違う。
しかも、どちらかというとジャングル系のスマトラ島に行くというのに、なぜか家族連れが多く、しかも浮き輪を持って走り回る子供までいる。・・・ナゼ?

「私はスマトラに行きたいんだけど、この船でいいの?」と船員に確認しても「OK 〜。ノープロブレム♪」と繰り返すばかり。
誰に聞いても同じ事を言うし、何度聞いても同じ答えが返ってくるので、「この船は、どこかのリゾート島を経由してスマトラに行くんだな」と勝手に解釈し、「出国手続きは、船内で行うんだな」とさらなる勝手な解釈をした上で、のん気に船に乗り込みました。
そして船は無事、出港。イエーイ♪

 

乗船時間は約5時間とのことだったので、空いている4つのシートに横になり、爆睡。(←すっかりオヤジ。うははは)

ところが出航2時間後にアナウンスの声、そして皆が降り始めたのです。

気が付けば、船の中は私一人。ポツネンと取り残されている状態。
あれれ?と思いつつも、「途中の島に着いたのかな〜。ということは、スマトラまでは船内を一人占め?!わーい、ラッキー♪」と、寝直しのための寝返りをうつと。
目の前に制服を着た係員。「君、君。着いたから降りなさい」と言うではありませんか。

「そーか、この島で別の船に乗り換えて行くってことか。船にもトランジットってあるんだなー」と感心し、その島に降り立ったのです。

そこは、マレーシアのリゾート地「ランカウイ島」。
「WELCOME TO PULAU LANGKAUI 」(ランカウイ島へようこそ)
 の看板の向こうには、なぜか小さな出口のみ。
乗り換えの船なんて、どこにもないではありませんか。

そこで私は、間違った船に乗ってしまっていたことを知ったのです。ガーン。(今ごろ気づくなよ、って感じですねー)

イミグレーションで事情を説明しても、みんなのん気に

「ここはインドネシアかって?マレーシアのランカウイ島さ。君は船を乗り間違えたんだよ。アハハハ!」と笑うばかり。

アハハ、と言われてもこっちは係の人に何度も確認してから乗ったのに、とさっきの係員をつかまえて問いただしても

「OK 〜。ノープロブレム。君はこんなにきれいな島に来れてラッキーさ。」と全然気にしていない様子。


他の係員を見つけて問いただしてみても、「OK〜。ノープロブレム♪」を繰り返すだけ。(後日談:この人はこれしか英語を話せなかったみたい・・)

そのやりとりを見ていた、イミグレーションの親切なマレー人「アズミさん」が事情を察し、寝る場所の確保と、明日の帰りの船の予約を引き受けてくれたのです。

さっき笑っていた係員達も「せっかく来たんだから、このランカウイで楽しむといいよ」と食事につれて行ってくれたり、自分のバイクを貸してくれたり、本当に親切にしてくれたのです。

たまたまその時は春節(中国の旧暦の正月)の時期で、ホテルが満室だったのと

「女の子を一人でゲストハウスに泊まらせるのは心配だから」とのアズミさんの配慮で、知人の経営する会社の事務所の一室を使えるようにしてくれました。
うーん、今まで一人でゲストハウスに泊まってたんだけどー・・と思いつつ、「ガール」と言われて気を良くした私(当時28歳。うはは)は、その言葉に従い、会社の事務所の一室でその夜を過ごすことにしたのです。

と言っても、ただの事務所なので、その晩は事務所の床の上で就寝。
それでも島のみんなの暖かさを実感しながら、ランカウイの夜を過ごしました。

 

次の日、帰りの船に乗り込む時に、きのうのみんなが口々に「また遊びにおいでね」「楽しめたかい?」と声をかけてくれ、本当に胸がイッパイ。

涙目になっている私に、アズミさんが帰りの船のチケットを手渡してくれたのです。

「おいくらですか?」と財布を出そうとすると、アズミさんはそれを制し首を横に振るばかり。

 

「日本に帰ったら、ランカウイ島はいいところだった、と友達に伝えなさい。今後来る時は一人じゃなく、友達みんなでいらっしゃい。
そして今度は、きちんとしたところに泊まりなさい、事務所の床の上じゃなくね。」


と静かに言って、私を見送ってくれたのです。 (;_;)

あれから数年、また来るね!という約束を果たせないまま今に至ります。
あの時に感じたアジアの優しさ、楽しさを忘れることなく、また訪れたいと願う今日この頃です。


【 バーシーの儀式 in ラオス 】


タイの北にある、ラオスという国では「バーシーの儀式」というものがあります。
これは家族・親戚や近所の人たちが集まって、これから旅立つ人の無事を祈るための儀式です。
私も一度だけ、ルアンパバンという街での小さな儀式に参加したことがあります。

部屋の真ん中には果物とお酒、食べ物、そして白い紐を羽のように飾った飾りがあり、それらを囲むようにしてみんなが座ります。

子供たちの演奏する民族音楽で始まり、長老の祈祷、そして祈りを唱えながら見送る人たち全員が、飾りから白い紐を抜き取って旅立つ人への手首に結んであげるのです。

ラオスでは「目には目」「手には手」という風に、体の部分のひとつひとつに神様がいると信じられています。
体から神様が離れてしまうとその部分から病気やけがをしてしまう、だから神様が離れてしまわないように、しっかりと手首にみんなで祈りながら紐を結んであげるのです。

結んであげる立場だったはずの私が、気がつけばたくさんの人たちがしっかり私の手首に紐を結んでくれていました。
「無事、またラオス、そしてルアンパバンへ戻って来れますように!」と祈りながら。
そして最後には、全員が全員への手首へ紐を結びながら、お互いの健康と幸せを祈ってあげていました。

ラオスの心は、旅人にさえ「またここに帰ってきたい」と思わせる、そんな優しさの中に深く感じることができると思っています。

 

 

 

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